魚の姿を残したまま、プラーラーはなぜ一さじに溶けるのか
雨季の水田魚、乾季の塩、稲から出る米ぬか。それらを甕に集めるプラーラーは、季節の漁獲を保存するだけでなく、魚の身と発酵液を料理全体へ行き渡らせる調味料になった。

甕の中に、魚の姿がまだ残っている。それなのに食卓では、その魚が一尾の料理として現れるとは限らない。身は汁物の中でほどけ、褐色の発酵液は青いパパイヤの和え物へ混ざる。香りは強いのに、プラーラーは料理の表面に立つより、塩味、酸味、うま味の奥へ入っていく。
この使われ方は、透明な液を採るナンプラーだけを思い浮かべると捉えにくい。プラーラーは魚の形を残した半固形の発酵食品で、身も周囲の液も使える。では、雨季に捕れた魚は、甕の中でどのように長く保存され、一さじの調味料へ変わるのだろう。
甕に集めるのは、魚だけではない
ムーン川流域の民族考古学調査によると、農村の多くの世帯は、魚が豊富な雨季にプラーラーを仕込んでいた。水田は稲だけの場所ではない。雨季に川や池から水が入れば、魚も田へ入る。一方、田と水辺の条件が変わる乾季には、同じように魚を得続けられるとは限らない。
そこで、生の淡水魚を塩、米ぬかまたは炒った米粉とともに密閉容器へ入れ、一般に半年から一年ほど発酵させる。コイ類、ナマズ、スネークヘッドなど、使う魚は一種類ではない。先に「正しい魚」が決まっているのではなく、その時期に水田、池、川から得られる魚を保存へ回せることが、この技術の要にある。
資料を読み合わせて目を引くのは、甕に土地の季節が折り畳まれていることだ。魚は雨季の水から、米ぬかは稲作から来る。そして塩は、海ではなく乾季の地面と結びついていた。
内陸の塩が、雨季を先へ延ばす
イサーンの地下には、古い海に由来する塩層がある。砂質土壌から得た塩水を煮詰める小規模な製塩は、稲作農家の乾季の仕事として記録されてきた。雨季に魚を捕り、乾季に塩を作る。水田、漁、塩田は、別々の生業を並べた風景ではなく、一年の異なる時期をつなぐ組み合わせだった。
コラート高原では、紀元1〜2世紀頃までさかのぼる製塩の痕跡が確認されている。第一千年紀には、イサーンとアンコール地域を結ぶ道で塩や塩蔵魚が運ばれた可能性も論じられている。ただし、古い塩が見つかったからといって、当時の甕に現在と同じプラーラーが入っていたとは言えない。
ここには資料上の食い違いというより、証拠の濃淡がある。考古学研究は、乳酸発酵によって魚骨が分解されるため、先史時代の発酵魚生産を示す直接証拠はないとする。一方、Thailand Foundationは、1687年にシャムを訪れたフランス外交官シモン・ド・ラ・ルベールが、土器で魚を発酵させる慣行を記録したと紹介している。製塩遺跡、運ばれた可能性のある塩蔵魚、17世紀の文書記録は、それぞれ別の種類の手がかりだ。プラーラーの誕生日を一日に決めず、何がどこまで確認できるかを分けて読む必要がある。
米ぬかと耐塩性の菌が、味を重ねる
甕は季節を止める箱ではない。中では、塩に耐える微生物が働く。東北タイの複数地域のプラーラーを調べた研究では、テトラジェノコッカス属、ハラナエロビウム属、ラクトバチルス属などが主要な細菌として確認された。乳酸菌は米由来の炭水化物を利用して乳酸を作る。生じた酸味は塩味と重なり、魚のたんぱく質が分解されて生まれる成分とともに、味の厚みへつながる。
ただし、香りや酸味を一つの菌だけの仕事にはできない。研究では、テトラジェノコッカスやラクトバチルスが多い試料ほど乳酸濃度が高い傾向が示された一方、優勢な菌は試料ごとに異なった。魚種、塩分、米ぬか、発酵期間が変われば、甕の微生物群も変わる。
地域差もこの条件に重なる。東北部では米ぬかを使う例が多く、中央部では炒った米粉と大型魚を使う型が紹介されている。北部には竹筒を容器とする伝統もある。材料だけでなく、魚を囲む容器まで一様ではない。「タイの発酵魚」という一語の内側には、複数の発酵環境が収まっている。
魚の姿が、料理の中で消えるまで
発酵後も形を残す身と、その周囲にたまる液。この二つを使えることが、プラーラーを料理の奥へ行き渡らせる。
ソムタム・プラーラーでは、発酵液が青いパパイヤ、唐辛子、酸味のある材料と混ざる。ケーン・ラオなどの汁物では、加熱された魚の身が柔らかくなり、汁へほどけていく。甕の中では見えていた魚が、皿の上では具として目立たなくなる。その代わり、身と液が料理の水分へ広がり、塩味、酸味、うま味の土台になる。強い香りが一か所に孤立しないのは、発酵で液体になった部分だけでなく、煮崩せる身まで調味に使うからだ。
現代の甕は、地元の季節だけで閉じてもいない。民族考古学調査の小規模生産者は、水田や池で魚を得られる時期にはそれを使い、乾季の4月から7月には中央タイのロッブリーから魚を購入していた。タイでは灌漑や農業の多角化、養殖の導入が進み、魚の供給源は天然の漁獲だけでなく、養殖や地域間購入へ広がった。プラーラーは雨季を保存する技術でありながら、漁獲が途切れる時期には外から来る魚も受け入れている。
買い方、注文のしかた、使い方と安全
瓶入り製品を探すなら、まず名称を見る。「nam pla(ナンプラー)」ではなく、「pla ra」または「pla daek」と表示されたものが対象になる。次に、魚の身を含むのか、発酵液を使う製品なのかを確認する。身なら汁物で煮てほどく使い方、液ならソムタムなどへ混ぜる使い方が、ここまで見てきたプラーラーの性質とつながる。
初めて使う場合は、開封後の保存方法と加熱の要否をラベルで確かめ、料理へ少量ずつ加える。短い説明だけを頼りに長期発酵を自家製で再現するのは避けたい。調査試料では、有用な菌だけでなく有害となりうる細菌群も検出されており、塩を加えれば自動的に安全になるわけではない。
店では「ソムタム・タイ」と「ソムタム・プラーラー」を区別し、プラーラー入りかを尋ねられる。香りに慣れていなければ、量を少なめにできるか確認する。見るべき違いは香りの強弱だけではない。魚の身が入るのか、液を混ぜるのか。それによって、プラーラーが皿のどこへ現れるかも変わる。
雨季の魚を乾季の先まで運ぶため、魚、塩、米由来の炭水化物は甕に集められた。そこで耐塩性の微生物が酸味を作り、魚の身は煮崩せる柔らかさを得て、周囲には調味に使える液がたまる。だからプラーラーは、保存された魚の姿を残しながら、一さじで料理全体へ溶け込める。強い香りの奥にあるのは、水田の漁獲を身と液の両方から使い切る仕組みである。
Sources
参考資料・出典
- Journal of Indo-Pacific Archaeology / University of Washington Libraries, “Please Pass the Salt” – An Ethnoarchaeological Study of Salt and Salt Fermented Fish Production, Use and Trade in Northeast Thailand” https://journals.lib.washington.edu/index.php/JIPA/article/download/14711/12358 (イサーンの雨季の水田漁、乾季の製塩、ムーン川流域の家庭生産、乾季の魚購入、古代製塩遺跡、アンコール方面との交通、先史時代の直接証拠が残らないという限界。)
- PLOS ONE, “Investigating the microbiota of fermented fish products (Pla-ra) from different communities of northeastern Thailand” https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0245227 (魚・塩・米ぬかまたは炒り米粉による半年から一年の発酵、地域試料間で異なる菌叢、耐塩性菌と乳酸菌、乳酸生成、安全性を過信できない理由。)
- Frontiers in Aquaculture, “The early history of freshwater fish production and consumption in Thailand” https://www.frontiersin.org/journals/aquaculture/articles/10.3389/faquc.2023.1238991/full (タイの稲作と淡水魚利用の歴史、季節洪水、灌漑による天然魚減少、1950年代以降の養殖・農業多角化。)
- Thailand Foundation, “Pla Ra: Thai Fermented Fish” https://thailandfoundation.or.th/pla-ra-thai-fermented-fish/ (17世紀のラ・ルベール記録、東北・中央・北部における材料と容器の地域差、ソムタムなどでの利用、注文時にプラーラーの有無を選べること。)
- Japan International Research Center for Agricultural Sciences (JIRCAS), “Plaa-raa” https://www.jircas.go.jp/en/database/thaifermented/plaa-raa (発酵後も魚の形が残り、煮ると身が溶ける性質、甕、炒り米または米ぬかを使う工程、料理へ身と液を溶かす使い方。)
- 画像:Xufanc, “Wikimedia Commons” https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pla_ra96.jpg (CC BY-SA 3.0)
Read next
同じ土地・テーマの記事


蓋をするのに、カオニャオの籠はなぜ密閉しないのか
ラオスのもち米カオニャオは、水で炊かず、円錐形の籠で蒸し、編み籠に移して手で食べる。二つの籠が担う水分調整を、雨養稲作と指先に合わせたおかずから読み解く。
執筆日:

Reaction & Share