アドボに「正解の味」がないのは、なぜなのか

アドボは一つの決まったレシピではありません。酢で煮る知恵に、スペイン語の名前や醤油などが重なり、家庭の数だけ味が生まれました。

執筆日:編集日:文:ttr1563
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皿に盛られたフィリピンの豚肉のアドボ
写真:Obsidian Soul / Wikimedia Commons(CC0 1.0)

アドボを初めて食べると、たぶん最初に酢の香りが来ます。けれど、口に入れてみると酸っぱいだけではありません。肉の脂、にんにく、胡椒、醤油の塩気が混ざり、ごはんをもう一口ほしくなる味です。見た目は地味です。でも、フィリピンの家庭料理を話すとき、この地味さが案外大事なのかもしれません。

アドボは料理名であり、調理法でもある

日本で「アドボ」と聞くと、鶏肉か豚肉を醤油と酢で煮た料理を思い浮かべます。ただ、現地のアドボは一枚岩ではありません。鶏だけ、豚だけ、両方を入れる家もあります。ココナッツミルクを加える地域があれば、醤油を使わず塩で仕上げる作り方もあります。

つまりアドボは、完成形が一つに決まった料理というより、酢や塩、香味料を使って食材を煮含める大きな家系のようなものです。「うちのカレー」が家ごとに違うのと少し似ています。正解を決めようとすると、すぐに親戚同士の議論が始まりそうです。

スペイン語の名前と、島々の調理法

フィリピンは1565年から1898年までスペイン帝国の統治下に置かれました。この時代、現地の食文化には外国由来の材料や技術だけでなく、スペイン語の呼び名も入りました。スペイン語の「adobar」は、漬ける、味をつけるといった意味を持ちます。

一方、フィリピンの島々では、スペイン人が来る前から酢や塩を使って魚や肉を扱う方法があったと説明されています。暑く湿度の高い土地で、冷蔵庫のない時代に食材を無駄にしないための実用的な知恵です。スペイン側がその調理を見て、自分たちの言葉でアドボと呼んだ。現在の料理を丸ごとスペインから持ち込んだ、という単純な話ではありません。なお、それ以前に何と呼ばれていたかは、今回確認した資料だけでは特定できませんでした。

醤油が入ると、歴史がもう一層増える

現在よく見る茶色いアドボには醤油が使われます。ただし、醤油は後から広まった要素とされています。フィリピンは中国系商人との長い交流を持ち、食卓にもその影響が残りました。土着の酢を使う方法、スペイン語の名前、中国系の調味料。鍋の中に複数の歴史が同居しているわけです。

だからといって、毎日の食卓で歴史を意識して食べる必要はありません。むしろ面白いのは、これほど複雑な背景を持つ料理が、最終的には「家でいつも食べる味」になっていることです。翌日のアドボがおいしい、という話もよく聞かれます。味がなじむのを待つ時間まで含めて、家庭料理なのでしょう。

鍋の中の役割分担

アドボを材料表ではなく役割で見ると、輪郭がつかみやすくなります。酢は料理の背骨、塩や醤油は塩味とうま味、にんにく、粒胡椒、ローリエは香りの層です。肉から出る脂と煮汁が酸味の角を包み、煮詰めるほど味の焦点が合ってきます。砂糖を加える作り方もありますが、甘さを必須条件にはできません。

酢も一種類ではありません。ココナッツ、サトウキビ、ニッパヤシなど、土地で得られる原料が違えば香りも変わります。醤油を使わない白いアドボ、ココナッツミルクを加えるアドボ・サ・ガタまで眺めると、「茶色い甘辛煮」という第一印象は、広い一族の一人にすぎないと分かります。

家で再現する手がかり

スミソニアンが掲載するアブラ地方の鶏肉版を、家庭の鍋で扱いやすい量へ縮めた目安です。2〜3人分で、骨なし鶏もも肉600g、酢60ml、水300ml、つぶしたにんにく4片、粒胡椒小さじ1、塩小さじ1と1/2、ローリエ2枚、焼き付け用の油大さじ1を用意します。酢の種類で香りは変わるため、これを唯一の配合とはしません。

1. 酢、水、にんにく、粒胡椒、塩、ローリエを合わせ、鶏肉を最低1時間漬けます。 2. 漬け汁ごと鍋へ移して沸かし、弱火にして蓋をし、20〜30分を目安に鶏肉へ火を通します。 3. 鶏肉だけを取り出し、油を引いたフライパンで表面を軽く焼きます。 4. 鍋に残した煮汁を戻し、1〜2分煮絡めます。ごはんと盛り、塩味は最後に整えます。

醤油を使わないこの形は、茶色い甘辛煮だけがアドボではないことを確かめる入口にもなります。翌日に残ったら、味のなじみ方も比べてみてください。

一皿から見えること

アドボの歴史は、外から来たものと土地にあったものを、きれいに二つへ分けられないことを教えてくれます。名前はスペイン語、醤油には中国との交流、中心にあるのは島々で育まれた酢の使い方。それらを家庭が何世代も作り直して、今の味になりました。

有名料理なのに「本物はこれ」と言い切りにくい。その曖昧さこそ、アドボが生きた料理である証拠です。

#保存食#家庭料理#植民地史

Sources

参考資料・出典

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