カンボジア· トンレサップ湖とメコン川流域· 東南アジアの食文化

トンレサップ湖が縮む季節、プラホックの甕が満ちる

乾季のトンレサップ湖では、狭まる水域に魚が集まり、加工の仕事が一斉に始まる。小魚を塩と時間に預け、一年の食卓へ運ぶプラホックの仕組みをたどる。

執筆日:編集日:文:ttr1563
カンボジアで、女性が魚のペーストを作っている様子。
画像:Sylvain Raybaud / Wikimedia Commons(CC BY 2.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Making_fish_paste_Cambodia.jpg

発酵容器へ魚を詰め、液面の下に沈むよう重しを置く。プラホックづくりでは、この重しが小さいながら重要な道具になる。魚を押しつぶすためだけではない。空気に触れる部分を減らし、塩のきいた液の中へ留めるためだ。

カンボジアの魚の発酵を理解する入口は、完成したペーストの香りより、この「沈める」という操作にある。なぜならプラホックは、魚が多すぎる短い季節を、容器の中で長い時間へ組み替える食べ物だからだ。

湖が縮むと、加工の時計が動く

雨季、メコン川の増水によってトンレサップ川の流れは逆転し、水が湖へ入る。湖面はおよそ一万から一万五千平方キロメートルまで広がるとされる。浸水した林や草地は、魚の餌場や生育場所になる。

雨が終わる十一月ごろから水はメコン川側へ戻り、湖は最盛期より七〜八割ほど小さくなる。広い水域に散っていた魚も水路や残った湖面へ集まるため、十二月から三月は漁獲が集中する。豊漁はのんびりした祝祭ではない。生の魚は傷みやすく、加工できる時間には限りがある。

研究報告では、この時期に家族や季節労働者が水辺へ集まり、魚をさばき、塩漬けにする様子が記録されている。米を魚と交換する人もいた。雨季の稲作と乾季の魚加工が、一年の仕事を分け合ってきたのである。

小魚が「魚の金」になる

骨ごと仕込むプラホックには、コイ科を中心とする全長十〜十七センチほどの小魚がよく使われる。現地名の一つである「トレイ・リエル」は、研究者によって「魚の金」とも訳されている。ただし、これをプラホック一般の語源と考えるべきではない。特定の小魚群を指す呼び名だ。

鮮魚のままでは単価が低くなりやすい小魚も、大量に処理して発酵させれば、漁期の後まで売り、食べられる。ここで価値を生むのは珍しい魚種ではなく、手間を集中させる技術だ。鱗や頭、内臓を取り、洗い、塩を回す。同じ作業が何百尾、何千尾と続く。小魚は財布に入る硬貨というより、台所で一尾ずつ数えるには多すぎる小銭の山に近い。

骨を残すか、外すか

プラホックは一種類の均質なペーストではない。研究文献は、骨を残す「プラホック・チューン」と、骨を除く「プラホック・サッ」を区別している。前者の塩分は魚重量の十五〜二十%程度、後者では二十五〜三十%程度とされる例がある。

工程にも幅がある。最初に四〜五%ほどの塩をまぶして一晩置き、出た液を切る。液を魚醤として利用する場合もある。その後、魚を日に当てたり、細かくしたりしてから、改めて塩を加えて容器へ詰める。ただし、この数字や順序は唯一の規格ではない。魚の大きさ、骨の扱い、家庭や産地の慣行によって変わる。

骨を残すか外すかは、口当たりだけの問題でもない。細かな魚を大量に処理するとき、骨を除く作業には時間がかかる。漁獲が押し寄せる季節には、手間と保存性と仕上がりの間で選択が行われる。

重しの下で時間を稼ぐ

塩を加えた魚は、甕、プラスチック容器、金属やコンクリートの槽などへ密に詰められる。木片や石を重しにして魚を液面より下へ置き、容器を覆う。空気への露出は品質を損ねやすいため、密閉と沈め方が大切になる。

発酵期間は数か月から一年に及ぶことがある。別の微生物学的研究も、魚と塩を密閉容器へ入れ、六か月以上置く製法を説明している。カンボジア農林水産省の流通調査では、槽で塩漬けにし、一か月以上発酵させる加工工程が扱われる。家庭の甕だけでなく、市場へ送る加工業の槽も、同じ季節の圧力を受け止めている。

出来上がりの判断も時計だけには任せない。香り、身の締まり、少量を蒸したときの状態などが手がかりになるという。塩分計のない台所でも、鼻と指と鍋が発酵の進み具合を読む。

一つの湖から、同じ味は生まれない

仕込みには内臓を残すものがあり、ショウガ、ガランガル、米、青いパパイヤやキュウリを合わせる例も報告されている。魚種だけでなく、下処理と副材料によって香りや質感が変わる。都市で暮らす人が出身地の味を求めることもあるという。「カンボジアのプラホック」と一括りにすると、こうした細部がこぼれ落ちる。

湖の水位低下は、魚を捕りやすくすると同時に、加工を急がせる締め切りをつくる。その短い時間に、小魚、塩、労働、容器が集められる。数か月後に蓋を開けるとき、取り出されるのは発酵した魚だけではない。乾季に集中した仕事が、食べられる形で少しずつ戻ってくる。

#東南アジアの食文化#カンボジア料理#発酵魚#トンレサップ湖

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