ラクサを頼むと、白い汁と褐色の汁が出てくる
ココナツミルクのまろやかなラクサと、魚とタマリンドが香る酸っぱいラクサ。同じ名前を持つ二つの汁を、プラナカンの移動と港町の地理からたどる。違いは正解の分裂ではなく、各地の台所が手に入る材料を選び直した跡だった。

湯気に顔を近づけると、ココナツミルクの甘い香りが先に来る。橙色の汁はとろりとして、麺にまとわりつく。ところがペナンで「ラクサ」を頼めば、現れるのは魚の身がほどけた褐色の汁だ。タマリンドの酸味が鼻を抜け、パイナップルや香草が舌を忙しくする。同じ名なのに、片方は丸く濃厚で、もう片方は鋭く酸っぱい。
「ラクサ」は一つの完成形ではない
ラクサは、ひとつの固定したレシピというより、米麺と香りの強い汁を組み合わせる料理群として見るほうが実態に近い。シンガポールやマレー半島南部で目立つのは、香辛料のペーストとココナツミルクを使うカレー系のラクサだ。マラッカのニョニャ・ラクサもこの側にあり、汁は濃く、甘味と辛味が重なる。
一方、ペナンのアサム・ラクサは魚のだしが土台になる。「アサム」はマレー語で酸味を帯びた食材や酸っぱい味を指す語で、ここでは主にタマリンドが輪郭をつくる。魚、タマリンド、トーチジンジャー、香草、唐辛子などを合わせ、仕上げに濃いエビのペーストを添える例もある。同じラクサでも、汁の脂肪分と酸味の置き方がまるで違う。
ただし「南はココナツ、北は酸味」と線を引けば終わる話ではない。店や家庭ごとに材料は動き、ココナツを使う北部のラクサも、酸味を利かせる南部の一杯もありうる。公的な文化資料も、プラナカン料理に唯一の標準レシピはないとしている。
港に着いた人びとが材料を選び直す
この幅を考える手掛かりが、プラナカンの歴史にある。マレー語の「プラナカン」は子孫を意味し、マレー半島では中国系移住者と現地社会のあいだに育った人びとを指す場合が多い。男性をババ、女性をニョニャと呼ぶことから、その料理はニョニャ料理とも呼ばれる。
移住者の台所では、故郷と同じ材料がいつでも揃ったわけではない。そこで中国系の調理技術に、唐辛子、レモングラス、タマリンド、キャンドルナッツ、エビの発酵調味料など、土地で得られる味が組み込まれた。これは一度きりの「融合」ではない。市場に並ぶ魚や植物、近隣の料理、家族の好みに応じて、繰り返し作り替える過程だった。
19世紀のシンガポールは港の発展とともに、中国、インド、マレー半島、インドネシア諸島などから人を引き寄せた。マラッカからシンガポールやペナンへ移ったプラナカンもいた。人と一緒に料理の型は運ばれたが、鍋に入る材料までは同じにならなかった。
ペナンとマラッカ、近隣の味が違う
ペナンはマレー半島北部にあり、タイ南部との往来に近い。研究では、ペナンのニョニャ料理にタイ料理の影響が見られる一方、マラッカではインドネシアやポルトガルに由来する要素が指摘されている。ラクサの差も、こうした港ごとの接続先と切り離せない。
ペナンのアサム・ラクサでは、魚のだしにタマリンドやライム、ガランガル、香草を重ねる。酸味は魚の脂や発酵調味料の濃さを押し返し、汁を軽く感じさせる。マラッカのラクサでは、ココナツミルクに唐辛子、クミン、エビの発酵調味料などを合わせる。油分を含む白い液体が香辛料を抱え込み、辛さの角を丸くする。汁の色は、そのまま味を組み立てる技術の違いでもある。
ここで妙に気になるのが、すり潰す道具
香辛料や香味野菜は、かつて石臼や乳鉢で細かく潰す作業に多くの時間を要した。現在はミキサーを使う家庭も多い。道具が変わっても、ばらばらの材料をペースト状にし、汁の全体へ行き渡らせる役割は同じだ。
もっとも、どこまで細かくするか、水をいつ足すか、ペーストをどの程度炒めるかは作り手によって異なる。ラクサの地域差は地図の上だけにあるのではない。台所の機械、作業に使える時間、家族が好む舌触りにも宿る。港から来た大きな歴史が、最後にはミキサーの回し方ほど小さな差へ収まっている。
二つの汁は、別々の道筋を映す
ココナツの白さとタマリンドの褐色は、どちらが本来のラクサかを争う印ではない。マラッカ、シンガポール、ペナンへ人が移り、それぞれの市場で魚や香草を選び直した結果が、同じ料理名の内側に残っている。
次にラクサの器が置かれたら、まず汁の表面を眺めたい。油が細かく浮くのか、魚の身が混じるのか。甘い湯気の後に辛さが来るのか、酸味が最初に走るのか。その違いをたどると、一杯の向こうに、互いに異なる港と台所の位置が見えてくる。
Sources
参考資料・出典
- Journal of Ethnic Foods / Springer Nature, “The development of Nyonya cuisine in the Malay Archipelago: Penang and Malacca Nyonya cuisine” https://link.springer.com/article/10.1186/s42779-019-0010-x (プラナカンの語義と移動、現地食材への適応、ペナンとマラッカの地理的影響、アサム・ラクサとココナツミルク系ラクサの材料および味の差を確認した。)
- National Heritage Board, Singapore, “Peranakan Cuisine in Singapore” https://www.roots.gov.sg/ich-landing/ich/peranakan-cuisine-in-singapore (プラナカン料理に唯一の標準レシピがないこと、シンガポール・マレー半島南部と北部で見られるラクサの傾向、石臼や乳鉢からミキサーへの調理道具の変化に使用した。)
- National Heritage Board, Singapore, “Serving Up a Legacy: The History and Evolution of Singapore’s Hawker Culture” https://www.roots.gov.sg/stories-landing/stories/Serving-Up-a-Legacy (19世紀に港として発展したシンガポールへ、中国、インド、マレー半島、インドネシア諸島などから人びとが集まった背景に使用した。)
- 画像:DTW, “Wikimedia Commons” https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Assam_Laksa,_Air_Itam,_Penang.JPG (CC BY-SA 3.0)
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