インドネシア· 西スマトラ・ミナンカバウ· 東南アジアの食文化

ルンダンの鍋は、旅立つ人をどう見送ってきたのか

ルンダンは、カレーの汁を減らした料理ではありません。水分がなくなるまで鍋と向き合う時間に、保存の知恵とミナンカバウの社会が映っています。

執筆日:編集日:文:ttr1563
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大きな鍋で煮込まれている牛肉のルンダン
写真:Sakurai Midori / Wikimedia Commons(CC BY-SA 2.1 JP)

ルンダンを「水分の少ない肉のカレー」と説明すると、形は伝わります。でも、それだけでは少し惜しい。ルンダンの中心にあるのは完成した黒褐色の肉だけでなく、そこへ至るまで鍋を混ぜ続ける長い時間です。

インドネシア西スマトラのミナンカバウに伝わるルンダンは、牛肉をココナッツミルク、唐辛子、香辛料とともに煮る料理です。最初はたっぷりあった液体が減り、油が現れ、色が濃くなっていく。焦がさないように火を見ながら、さらに水分を飛ばします。途中でやめれば別の煮込み料理になり、しっかり乾いたところまで進めてようやく「ランダン」になる、とインドネシア文化省の資料は説明しています。

おいしさと保存が同じ方向を向く

水分を飛ばすのは、味を濃くするためだけではありません。冷蔵設備のない時代、加熱を重ねて水分を減らすことは、料理を長く持たせる工夫でもありました。香辛料をたっぷり使い、ココナッツミルクの水分が抜けるまで火を入れる。手間のかかる工程が、そのまま旅へ持ち出しやすい料理につながります。

ミナンカバウには「メランタウ」と呼ばれる、故郷を離れて学び、働き、商いをする移住文化があります。ルンダンは旅立つ家族の携行食や、遠くに暮らす親族への手土産としても使われてきました。長持ちするごちそうは、移動の多い社会にぴったりだったのです。

晴れの日の鍋は、一人では作りにくい

ルンダンは旅の食事である一方、誕生、結婚、宗教行事など、人が集まる場にも欠かせない料理とされます。大きな鍋で大量に作り、長い時間かき混ぜる。これは一人分の夕食を手早く作る発想とはかなり違います。準備する人、火を見る人、混ぜる人がいて、料理そのものが共同作業になります。

ミナンカバウ社会では、ルンダンの材料を社会の構成員になぞらえる解釈も伝えられています。肉は共同体の指導者、ココナッツは知識人、唐辛子は宗教者、さまざまな香辛料は社会を構成する人々。これは材料の唯一の意味というより、身近な料理を使って共同体のあり方を語る方法と考えると分かりやすいでしょう。

鍋の景色は三度変わる

ルンダンの工程を追うと、同じ鍋とは思えないほど景色が変わります。初めはココナッツミルクの中で肉が煮える、汁気の多い状態。加熱を続けると水分が減り、油が分離して香辛料が肉へ近づきます。最後は鍋底をこする手が止められない、乾いた炒め煮のような状態です。色が濃くなるのは、黒い調味料を足すからではなく、長い加熱の結果です。

ここで「沸騰させたら放置」とはいきません。水分が少なくなるほど焦げやすく、混ぜる仕事はむしろ後半に増えます。保存しやすさと濃い味は、別々の目的ではなく、一つの工程から同時に生まれていました。

家で再現する手がかり

インドネシア観光省が挙げる材料の役割を、2〜3人分の家庭向け目安へ整理します。牛肉500g、ココナッツミルク600ml、赤玉ねぎ100g、にんにく2片、しょうが20g、ガランガル20g、レモングラス1本、赤唐辛子2本、塩小さじ1を用意します。柑橘の葉やウコンの葉が手に入る場合は各1〜2枚を加えます。これは地域や家庭に幅のある料理を固定する配合ではありません。

1. 赤玉ねぎ、にんにく、しょうが、ガランガル、唐辛子を細かくし、ココナッツミルク、レモングラス、葉類と鍋へ入れます。 2. 牛肉を加えて弱めの中火にかけ、ときどき底から混ぜながら煮ます。 3. 水分が減って油が分離したら弱火にし、焦げないよう混ぜる回数を増やします。 4. 肉に濃い褐色のペーストがまとまり、鍋底に自由な液体がほぼなくなるまで煮詰めます。火力と鍋で差が出ますが、2〜3時間ほどを見込みます。

短時間で汁気を残して止めたものにも別の呼び名と食べ方があります。乾いたルンダンを目指すなら、最後の混ぜる時間を省かないことが肝心です。

「時短」の反対側にある味

ルンダン作りは、現代の台所から見ると驚くほど気長です。けれど、時間を削れば同じ味になるわけではありません。水分が減り、油と香辛料が肉にまとわり、色と香りが少しずつ変わる。その過程が料理の正体です。

旅に耐える保存性、祝いの席にふさわしい特別感、みんなで鍋を囲む共同作業。ルンダンが広く愛される理由は、単に「濃厚でおいしい」からだけではありません。一皿の中に、出ていく人と見送る人の両方がいる。そう考えると、黒褐色の塊が少し違って見えてきます。

#保存食#移動と交易#儀礼と祝祭

Sources

参考資料・出典

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