パエリアをたどったら、バレンシアの水路に着いた
海鮮の印象が強いパエリアを、バレンシアの湿地を水田へ変えた灌漑、米の品種、浅く広い鍋から読み直す。家庭向けの3人分レシピ付き。バレンシア風では鶏肉、豆、トマトを用い、米を薄く広げて炊き上げる。
レシピ・再現の手がかりへ ↓
パエリアの来歴を探していると、鍋より先に「排水組合」が現れる。アルブフェラ湖周辺では、田の水位を水門とポンプで調整する組織が、1926年の規則に基づいて動いている。海鮮を並べた観光地の大皿からは少し遠く見えるが、この水の制度こそ、パエリアの米を支える舞台である。
湖の縁を、田に組み替える
バレンシア市の資料によれば、アルブフェラは18世紀まで現在より広く、塩分を含む湖だった。18世紀末から19世紀にかけて、フカル川からアセキア・レアルという灌漑水路で淡水が届くようになると、稲作地が拡大した。湖底の泥で浅瀬をかさ上げし、土の堤で囲った区画は「タンカット」と呼ばれる。
田は冬にも水をまとう。11月から1月ごろの「ペレジョナ」では水門を閉め、水位を湖に近づける。排水後は耕し、春に再び水を入れ、5月初めに播種する。この呼吸のような給排水は個々の農家だけでは完結しない。上流から届く水、隣り合う田、湖へ戻す水を共同で扱う必要があるからだ。
米の古さと、料理の古さは別である
EUに提出された「Arroz de Valencia/Arròs de València」の原産地呼称資料は、1238年のハイメ1世による征服以前から、旧バレンシア王国で米が栽培されていたとする。征服後の土地分配を記した『分配の書』にも水田への言及がある。湿地の粘土質で水を通しにくい土壌は、稲作に都合がよかった。
ただし、米作の古さを、そのまま現在のパエリアの誕生年代にはできない。観光機関Visit Valènciaは料理をアルブフェラの農作業と結び付け、16世紀起源説を紹介する一方、18世紀より前の料理の記録は確認できないとも明記している。確かに言えるのは、湖畔の農民が手元の米、ウサギ、鶏、畑の豆を一つの鍋で炊く環境があったことだ。
「パエリア」は、まず鍋の名
バレンシア語のpaellaは鍋を指し、ラテン語のpatellaにさかのぼるとされる。料理名と道具名が同じなので、「パエリア鍋」という日本語は少々おもしろい。鍋鍋、と呼んでいるようなものだ。
伝統的な器は浅く、丸く、左右に取っ手がある。広い面へ米を薄く置けば、粒は火と蒸発の影響を均等に受けやすい。深鍋のように米を積み上げるのではなく、鍋底そのものが炊き上がりを決める。かき混ぜ続けず、米を広げた後は層を保つのも、この形とつながっている。
原産地呼称の古い登録資料に挙がる品種はセニア、バイア、ボンバ。いずれも丸粒系である。現在の案内ではアルブフェラという品種も紹介される。品種の一覧には時期による違いがあるが、長粒米ではなく、だしを受け止めるバレンシア産の丸い米が中心だという点は共通する。
海鮮の皿になったのは、別の入口から
バレンシア風パエリアの基本材料として挙げられるのは、鶏、ウサギ、平たいサヤインゲンのフェラドゥーラ、大粒の白豆ガロフォン、トマトである。土地や季節により、カタツムリ、アーティチョーク、鴨なども加わる。最初から魚介料理として固定されていたわけではない。
沿岸部には魚介のパエリアやアロス・ア・バンダなど、多様な米料理がある。さらに1960年代以降の観光拡大で、魚介を華やかに見せるパエリアが国外にも広まった。したがって「海鮮は偽物」と切り捨てるより、湖畔農村の肉と豆の系統、港や観光を通じた魚介の系統を分けて眺めるほうが実態に近い。
家で再現する手がかり
以下は、Visit Valènciaが示す材料構成を基に、家庭のコンロで作りやすく組み直した3人分の一例である。
材料:丸粒米240グラム、鶏もも肉250グラム、ウサギ肉180グラム、平たいサヤインゲン120グラム、ゆでたガロフォン100グラム、すりおろしたトマト150グラム、オリーブ油大さじ2、甘口パプリカ小さじ1、サフランひとつまみ、水750ミリリットル、ローズマリー1枝、塩適量。直径34〜38センチほどの浅い鍋を使う。
1. 鍋に油を熱し、一口大の鶏肉とウサギ肉へしっかり焼き色をつける。 2. サヤインゲンとガロフォンを加えて炒め、トマトを入れて水分を飛ばす。パプリカは焦げやすいので最後に短く混ぜる。 3. 水、サフラン、塩、ローズマリーを加え、肉と野菜の味が煮汁へ出るまで弱めの火で煮る。ローズマリーは香りが強くなりすぎる前に取り出す。 4. 米を鍋全体へ均一に散らす。最初はやや強火、その後は火を弱め、合計18〜20分を目安に炊く。米を入れてからは混ぜない。鍋の直径や火力で蒸発量が変わるため、乾きが早すぎる場合だけ少量の湯を足す。 5. 火を止め、布巾をかけずに5分ほど休ませる。
ウサギ肉が手に入らなければ、その分を鶏もも肉に替えられる。ガロフォンは白いんげん豆やライマメで代用できる。これは入手事情に合わせた代替で、バレンシアで唯一の作り方を名乗るためのものではない。
鍋底に残る田の区画
一枚のパエリアでは、米が浅い円の中に薄く区切られる。その向こうにあるアルブフェラの田も、水路と堤で平らな区画へ分けられている。パエリアを海鮮の盛り合わせとしてだけ見ると隠れてしまうのは、魚ではなく、この水平な風景だ。水門を閉じ、田へ水を入れ、丸粒米を育て、広い鍋へ一層に敷く。料理の形には、湖畔で水を扱ってきた手順が静かに残っている。
Sources
参考資料・出典
- Generalitat Valenciana/Direcció General de Medi Natural, “Manejo de los niveles del lago de l’Albufera” https://parquesnaturales.gva.es/documents/80302883/162014201/Manejo%2Bde%2B%2Blos%2Bniveles%2Bdel%2Bl%E2%80%99Albufera.pdf/4fa7b7ff-64a0-445c-aa29-be7cec20ec5a?t=1547029164992 (1926年に設立された排水組合、水門とポンプによる湖・水田の水位管理、ペレジョナと稲作の関係の確認に使用。)
- Official Journal of the European Communities/EUR-Lex, “Publication of an application for registration pursuant to Article 6(2) of Regulation (EEC) No 2081/92: Arroz de Valencia / Arròs de València” https://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ%3AC%3A2001%3A042%3A0005%3A0008%3AEN%3APDF (征服以前の米作記録、湿地の土壌条件、播種・収穫期、セニア・バイア・ボンバの品種、バレンシアの米とパエリアの関係に使用。)
- Visit València, “Conoce la auténtica paella valenciana en detalle” https://blog.visitvalencia.com/paella-valenciana (18世紀以前の料理記録に関する留保、農村料理としての説明、paellaの語義、平たい二取っ手鍋、鶏・ウサギ・豆を中心とする材料、地域差、観光拡大と魚介系米料理、家庭再現用レシピの材料構成に使用。)
- 画像:Xacòina, “Wikimedia Commons” https://commons.wikimedia.org/wiki/File:PAELLA.JPG (Public domain)
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