海から遠いポルトガルの食卓へ、塩鱈はどう届いたか
北大西洋で獲れる鱈が、なぜ遠く離れたポルトガルの日々の食卓へ根づいたのか。遠洋漁業の航海暦、塩蔵乾燥、カトリックの節制日、国家による漁業再編をたどる。
レシピ・再現の手がかりへ ↓
三月末にリスボンを発ち、五月末までニューファンドランド沖で漁をする。補給を済ませると、船はさらにグリーンランドへ向かう。ポルトガル海軍博物館が伝える20世紀の遠洋漁業には、食卓からは見えない長い暦がある。
ポルトガルの海で鱈が大量に獲れたわけではない。それでも塩蔵して乾かした鱈、バカリャウは、家庭料理からクリスマスの夕食まで幅広い席を占めるようになった。その理由は「海の国だから」だけでは足りない。北大西洋へ船を出す仕組みと、肉を控えるキリスト教の暦が、保存の利く魚を同じ皿へ運んだ。
食卓の外側にある漁場
海軍博物館によれば、ポルトガルの鱈漁は15世紀末までさかのぼり、ニューファンドランドへの初期の航海と結びついていた。近海の魚を港へ持ち帰る漁とは、距離も時間も桁が違う。20世紀の船団はニューファンドランド・バンク、ノバスコシア、サンピエール島・ミクロン島周辺で漁をし、天候が許せばグリーンランドまで移動した。
良い年の漁獲量は約800トンに達したという。漁師は一年の大部分を家族から離れて過ごした。皿の上では薄い一切れでも、その背後には大西洋をまたぐ労働が折り畳まれている。
1930年代には、エスタド・ノヴォ体制がこの遠洋漁業を大きく再編した。つまりバカリャウの供給は、船乗りの冒険だけで続いたのではない。船団、労働、流通をまとめる制度も、遠い漁場の魚を国内へ反復して届ける土台になった。
塩を抜いてから料理が始まる
遠距離を運ぶために鱈は塩蔵され、乾燥した状態で流通する。ここで面白いのは、保存の工程が家庭の調理を一手間増やすことだ。ポルトガル政府観光局のバカリャウ・ア・ラガレイロのレシピは、調理前に最低24時間水へ浸し、八時間ごとに水を替えるよう記している。
水で塩分を抜きながら、乾いた身へ水分を戻す。この作業を現地ではデモーリャと呼ぶ。切り身の厚さや塩の強さによって必要な時間が変わるため、時計だけで一律には決められない。保存食なのに、最後の味は水と待ち時間に左右される。台所に置かれたボウルが、遠洋航海の最終工程を引き受けるわけだ。
肉を避ける日が需要をつくる
学術誌『Etnográfica』の論考は、ポルトガルにおけるバカリャウの消費を、キリスト教の断食や節制、従順という歴史と結びつけている。カトリックの節制日には肉を避けるため、保存でき、必要な日に使える魚は都合がよかった。
この関係がよく見えるのが、クリスマス・イブの夕食、コンソアーダである。同論考は、北部ポルトガルでバカリャウを食べる習慣が、この重要な祝祭食を代表するイメージになったと述べる。ただし、すべての地域や家庭が同じ献立だったという意味ではない。宗教的な節制と祝宴が同じ夜に重なり、その折り合いをつける料理の一つがバカリャウだった。
一尾ではなく、調理法が日常になる
塩蔵鱈は、戻したあとに焼く、煮る、揚げる、細かくほぐすといった方向へ枝分かれする。写真に残るバカリャウ・ア・ブラースなら、ほぐした鱈を細切りのジャガイモや卵と合わせる。一方、ラガレイロは切り身をジャガイモ、タマネギ、ニンニク、オリーブ油と焼く。同じ保存魚でも、姿はかなり違う。
遠い鱈を日常食にしたのは、単一の名物料理ではなく、塩抜きした身をさまざまな献立へ組み込める幅だった。航海の暦が供給をつくり、教会の暦が繰り返し食べる機会をつくり、家庭の手順がそれを別々の皿へ作り替えたのである。
家で再現する手がかり
バカリャウ・ア・ラガレイロを3〜4人分で組み立てる。政府観光局掲載の伝統料理を基に、家庭用オーブン向けに分量を整理した。
材料:塩蔵干し鱈の切り身600g、直径4〜5センチほどの小粒ジャガイモ750g、小ぶりのタマネギ3個、ニンニク3片、オリーブ油100ml、黒コショウ少々、塩少々。
1. 塩蔵干し鱈を冷水へ最低24時間浸し、冷蔵庫に置く。八時間ごとを目安に水を替える。厚い切り身は塩の残り方を見て時間を延ばす。 2. オーブンを180度に温める。タマネギを厚めの半月切りにし、耐熱皿へ敷く。洗ったジャガイモを並べる。 3. 水気を拭いた鱈と、皮付きのまま軽くつぶしたニンニク2片をのせる。オリーブ油約70mlを回しかけ、30〜35分焼く。 4. ジャガイモが柔らかくなったら、形を崩しすぎない程度に軽く押し割る。残りのニンニクを薄切りにして散らし、黒コショウと残りのオリーブ油を加える。塩は鱈の塩気を確かめてからジャガイモ側へ補う。
塩蔵干し鱈が手に入らない場合は甘塩鱈で代用できるが、長時間の塩抜きはせず、さっと洗って水気を拭く。保存によって締まった食感や風味は異なる。ジャガイモの大きさ、塩抜き時間、仕上げの油量には家庭差があるため、上の分量を唯一の形と考えないほうがよい。
Sources
参考資料・出典
- Direção Cultural da Marinha/Museu de Marinha, “Pesca longínqua” https://cultura.marinha.pt/pt/museumarinha_web/exposicoes_web/exposicaopermanente_web/Paginas/pescalonginqua.aspx (15世紀末に始まるポルトガルの鱈漁、20世紀のニューファンドランドおよびグリーンランド方面への航海日程、漁獲量、漁師の長期不在、1930年代のエスタド・ノヴォによる漁業再編の記述に使用。)
- Etnográfica/Centro em Rede de Investigação em Antropologia, “O “fiel amigo”: o bacalhau e a identidade portuguesa” https://doi.org/10.4000/etnografica.3252 (バカリャウ消費とキリスト教の断食・節制との関係、北部ポルトガルのクリスマス・イブの夕食コンソアーダにおける位置づけ、料理と国民的表象を区別する記述に使用。)
- Turismo de Portugal/VisitPortugal, “Receitas Tradicionais Portuguesas: Bacalhau à Lagareiro” https://www.visitportugal.com/pt-pt/content/receitas-tradicionais-portuguesas-bacalhau-%C3%A0-lagareiro (塩蔵鱈を最低24時間浸して八時間ごとに水を替える下処理、ジャガイモ、タマネギ、ニンニク、オリーブ油を用いる材料構成、180度で30〜35分焼く調理法を基に再現手順を整理。)
- 画像:Fpenteado at en.wikipedia, “Wikimedia Commons” https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Bacalhau_a_Bras.jpg (CC BY-SA 3.0)
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