インドネシア· マルク諸島、アンボン島とセラム島を中心に· 東南アジアの食文化

幹から採る主食サゴは、マルクの森だけでは語れない

サゴヤシの幹から採るでんぷんは、森の近くで食べる主食であり、島を渡る商品でもあった。水で洗い出す加工、アンボンの港に届いた米、移住先のパペダから、マルクの主食を支えた仕事をたどる。

執筆日:文:ttr1563
西セラムのハトゥスアで、ガタガタを使って器のパペダを取り分ける様子
画像:Rik Schuiling / TropCrop - Tropical Crops Services / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:True_sago_palm_starch_product,papeda,gata-gata(Hatusua,W.Seram,Maluku,ID_thu01oct2009-1324h).jpg

19世紀のアンボンには、米もサゴも船で届いていた。インドネシア東部、マルク諸島の主食を扱う交易研究には、輸入される米と、セラム島やブル島から運ばれるサゴが並んで登場する。木の幹から採る食料と聞くと、森のそばで完結する暮らしを思い浮かべる。けれど、その主食を支えていたのは森だけではなかった。[アンボンのサゴ交易研究](https://ejournal2.undip.ac.id/index.php/ihis/article/download/7625/5037)

サゴは、サゴヤシの実でも樹液でもなく、幹の内側から取り出すでんぷんだ。湯を加えて混ぜると、粘りのある料理「パペダ」になる。幹の中にあるものが、どうすれば日々の主食になるのか。水で洗い出す仕事から、島々を結ぶ船、移住先での材料の工夫までをたどってみたい。

幹の中身を食べるために、水で分ける

サゴヤシは湿地に生え、ほかの農作物を育てにくい土地でも利用できる。田畑の広さだけでは測れない食料源が、マルクにはあった。

使うのは、髄と呼ばれる幹の内側の組織だ。幹を縦に割り、髄を削る、あるいは砕く。そこへ水を加えて揉み、繊維からでんぷんを洗い出す。繊維を濾し分けた液を集め、でんぷんが沈むのを待つ。FAOの報告には、この抽出の工程が記されている。[FAOのサゴ加工に関する報告](https://www.fao.org/fileadmin/templates/rap/files/meetings/2012/120531-report.pdf)

「幹から採る」という短い説明では、この水の仕事が隠れてしまう。幹を細かく砕いて、そのまま粉にして食べるわけではない。砕くのは、中のでんぷんを取り出しやすくするため。そのあとに繊維とでんぷんを分ける工程がある。主食になるのは、幹の中身すべてではなく、水でより分けた部分なのだ。

また、FAOが記す半野生のサゴ林と、交易研究に出てくる栽培や林地の貸付を重ねると、「森から採る」の意味も少し変わる。自然にあるものを拾うだけでは説明できない。林を利用し、幹を加工し、食べられるでんぷんにする。それぞれの仕事があって、湿地の植物が食料になる。[FAOの報告](https://www.fao.org/fileadmin/templates/rap/files/meetings/2012/120531-report.pdf)、[サゴ交易研究](https://ejournal2.undip.ac.id/index.php/ihis/article/download/7625/5037)

米が港に届いても、サゴの船は行き来した

オランダの無形文化遺産の記録は、マルクのパペダを、植民者の到来や他地域からの米の導入に先立つ食習慣として説明する。ただし、そこから始まりの年代までは決められない。「米以前」という言葉は、サゴを基盤とする食生活の古さを伝える一方、その後の食卓まで説明してはくれない。[パペダの文化遺産記録](https://www.immaterieelerfgoed.nl/en/page/15135/the-slurping-of-the-papeda)

その後を具体的に見せてくれるのが、アンボンの港の記録だ。交易研究によると、1853年ごろの自由港化に伴って取引が活発になり、米も輸入された。研究は、サゴを主食にしない外来住民の需要や、エリート層の米食に触れている。米の到着を、住民全体の主食が切り替わった時点として扱うことはできない。

同じ研究が扱う1880〜1900年には、サゴも粉や板状などの形で取引されていた。アンボンはセラム島やブル島から供給を受けていたという。さらに研究は、植民地政府のクローブ栽培に関わる労働が、近隣の島から主食を調達する事情につながったと説明している。[アンボンのサゴ交易研究](https://ejournal2.undip.ac.id/index.php/ihis/article/download/7625/5037)

香辛料を作る仕事と、別の島から届く主食。この接続を見ると、サゴ林をひとまとめに「自給自足の森」と呼ぶのはためらわれる。幹にでんぷんがあっても、それを食べる人のもとへ届ける仕組みが要る。マルクの主食史には、米への移行だけでなく、サゴを運び続けた島同士の関係もある。

同じパペダでも、原料まで同じとは限らない

取り出したでんぷんが食卓に上がる姿の一つが、パペダだ。アンボン税関の料理紹介では、サゴのでんぷんに沸騰した湯を注いで混ぜると、白かったものが透明感のある灰色へ変わると説明される。味は淡く、黄色い魚の汁料理「イカン・クア・クニン」や野菜を添える。[アンボン税関のパペダ紹介](https://ambon.beacukai.go.id/galeri/papeda-olahan-sagu-yang-menjadi-primadona-di-maluku)

いつ食べる料理なのかは、資料によって説明の幅がある。税関の紹介は、かつて慣習的な行事で見られた料理が飲食店へ広がったとする。一方、オランダの文化遺産記録には、日々の共同食と、結婚式や洗礼式の食事がともに登場する。対象地域も記録の目的も違うため、「昔は儀礼の席だけの料理だった」とマルク全体へ広げることは避けたい。

オランダの記録でもう一つ目を引くのは、移住先のマルク系住民が、日常のパペダにジャガイモのでんぷんを使うという点だ。サゴが時折持ち込まれる一方、身近な材料への置き換えが、料理を続ける工夫になっている。置き換えが始まった年は、この資料からは確定できない。[パペダの文化遺産記録](https://www.immaterieelerfgoed.nl/en/page/15135/the-slurping-of-the-papeda)

アンボンの紹介と読み合わせると、原料を変えても、粘る主食を汁料理と合わせる食卓は受け継げることが分かる。サゴの歴史を追ってきた先で、ジャガイモに出会う。同じ料理名の下にも、材料を手に入れる事情が折り込まれている。

注文するなら、汁料理と取り分け方も一緒に

パペダを食べる機会には、メニューの「papeda」と「ikan kuah kuning」を目印に、魚の汁と野菜を一緒に頼めるか確かめたい。淡い味のでんぷんを何と合わせるかまで含めて、一食の組み立てを知ることができる。[アンボン税関の料理紹介](https://ambon.beacukai.go.id/galeri/papeda-olahan-sagu-yang-menjadi-primadona-di-maluku)

取り分ける道具も、粘りを扱う工夫の一つだ。文化遺産の記録では、「ガタガタ」という道具を回してパペダを取り分ける。初めてなら、店の人に扱い方を見せてもらうとよい。すくうだけでなく、回す。その動きに、粒のある米飯とは違う主食の性質が表れる。

原料がサゴか、別のでんぷんかを聞くのも、とくに移住先では役に立つ。ジャガイモでんぷんであっても、オランダの記録にあるように、食習慣を続けてきた事情がある。[パペダの文化遺産記録](https://www.immaterieelerfgoed.nl/en/page/15135/the-slurping-of-the-papeda)

幹から採るサゴをマルクの主食にしてきたのは、湿地のサゴ林に加え、水ででんぷんを取り出す加工と、島を越えて届ける交易だった。米が輸入される港でも、その供給は続いた。注文したパペダがサゴ製なら、原料は水で幹の繊維から分けられたもの。移住先でジャガイモ製なら、材料を替えて続いてきた食卓の一例だ。原料を一つ確かめるだけでも、同じ名の料理から見える歴史は変わる。

#東南アジアの食文化#サゴヤシ#パペダ#マルク

Sources

参考資料・出典

  1. 国際連合食糧農業機関(FAO), “Promotion of underutilized indigenous food resources for food security and nutrition in Asia and the Pacific” https://www.fao.org/fileadmin/templates/rap/files/meetings/2012/120531-report.pdf (湿地と半野生の生育環境、幹の髄を砕き、水で繊維とでんぷんを分離して沈殿させる工程、パペダの原料。主に冊子123〜127頁を参照。)
  2. Universitas Diponegoro/Indonesian Historical Studies、2020年、DOI: 10.14710/ihis.v4i2.7625, “The Trade of Sago in Ambon Island Central Maluku, 1880–1900” https://ejournal2.undip.ac.id/index.php/ihis/article/download/7625/5037 (1853年ごろの自由港化、米の輸入と消費層、サゴ林の栽培・貸付、1880〜1900年の島間供給と加工形態、クローブ栽培労働とサゴ調達の接続。)
  3. Kenniscentrum Immaterieel Erfgoed Nederland, “The slurping of the papeda” https://www.immaterieelerfgoed.nl/en/page/15135/the-slurping-of-the-papeda (米導入以前という文化遺産上の説明とその年代的限界、日常と祝いの共同食、ガタガタを回す取り分け、オランダでのジャガイモでんぷんへの置き換え。)
  4. インドネシア財務省関税・物品税総局 アンボン税関, “Papeda: Olahan Sagu yang Menjadi Primadona di Maluku” https://ambon.beacukai.go.id/galeri/papeda-olahan-sagu-yang-menjadi-primadona-di-maluku (湯を加えて混ぜるパペダの加工と見た目の変化、淡い味、イカン・クア・クニンと野菜の組み合わせ、行事食から飲食店へという説明。)
  5. 画像:Rik Schuiling / TropCrop - Tropical Crops Services, “Wikimedia Commons” https://commons.wikimedia.org/wiki/File:True_sago_palm_starch_product,papeda,gata-gata(Hatusua,W.Seram,Maluku,ID_thu01oct2009-1324h).jpg (CC BY-SA 3.0)

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