フィリピン· ルソン島、ビサヤ諸島、ビコール地方· 東南アジアの食文化

バゴオンとパティスの分かれ道、島を渡る発酵の途中

バゴオンと魚醤パティスを分けるのは、待つ日数だけではない。液体を取り出す工程と、発酵途中の魚を島から島へ運んだ記録から、地域の味を仕上げる仕事をたどる。

執筆日:編集日:文:ttr1563
食

バゴオンとパティスを「発酵させる日数の違い」として読むと、途中で説明がつかなくなる。魚介を塩とともに発酵させるバゴオンと、液体の魚醤パティス。フィリピンの文化事典にはそれぞれの発酵期間が載っているが、FAOの加工記録には、待つこととは別の仕事が出てくる。液体を搾り、濾す作業だ。[文化事典「bagoóng」](https://philippineculturaleducation.com.ph/bagoong/)、[FAOの加工記録](https://www.fao.org/4/B2877E/B2877E03.htm)

さらに同じFAO報告には、発酵途中の魚を別の土地へ送り、届いた先の好みに仕上げる流通も記されている。ペーストと液体の境目を追っていたら、味を決める場所まで動き始めた。二つの調味料はどこで分かれ、その仕上げに土地の好みはどう関わるのだろう。

待つ時間だけでは、魚醤にならない

文化事典『Sagisag Kultura』は、バゴオンを魚介と塩を大きな甕に仕込んで発酵させる調味料として説明する。魚を使うものはバゴオン・イスダ、小エビならバゴオン・アラマン。塩は食卓で味を足す以前に、仕込みの段階から使われる材料だ。[CulturEd「bagoóng」](https://philippineculturaleducation.com.ph/bagoong/)

一方、FAOが記録した魚の加工では、発酵した仕込みを圧搾し、濾過する。圧搾は押して液を搾り出すこと、濾過は液から固形物を除くこと。この工程で取り出し、瓶詰めする液体がパティス、残る部分がバゴオンとされる。ペーストに水を足して液体にする説明ではない。[FAOの製造記録](https://www.fao.org/4/B2877E/B2877E03.htm)

ここで引っかかるのは、「残る部分」という言葉だ。これだけを読むと、バゴオンは魚醤の搾りかすに見える。しかし文化事典は、バゴオンそのものを魚介と塩から作る調味料として扱っている。魚醤とつながる工程はあっても、すべてのバゴオンが液体を搾った残りとは限らないし、魚醤になる前の未完成品とも言えない。

日数にも幅がある。文化事典はバゴオンを30〜90日、パティスを半年から一年と説明し、FAOは魚の発酵加工に数週間から10〜12か月という幅を示す。製品別の目安と加工全体の記述では、数字の範囲が違う。全国共通の時計として読むより、「発酵を待つこと」と「どの部分を取り出すか」を分けて考えたい。[文化事典](https://philippineculturaleducation.com.ph/bagoong/)、[FAO報告](https://www.fao.org/4/B2877E/B2877E03.htm)

発酵途中で島を渡る魚

1960年代末の水産業を記録したFAO報告には、ビサヤやビコールから塩漬けの半製品を送り、イロコスなどの到着地で発酵を完了させる流通が登場する。仕上げは、送り先が求める風味に合わせて行われていた。[FAOの水産流通報告](https://www.fao.org/4/B2877E/B2877E03.htm)

完成した瓶を運ぶのとは、仕事の分担が違う。送り出す側が原料を塩と合わせ、受け取る側が発酵の最後を担う。食べる土地の好みは、小皿に何を添えるかという場面より前に、製造工程へ入り込んでいた。

この記録を読むと、地域の味を原料だけで説明するのは難しくなる。魚が獲れた場所、仕込みを始めた場所、発酵を終えた場所は、分かれていることがあるからだ。ただし、報告から送り先ごとの塩分や日数までは分からない。「イロコス向けは何日長く待つ」といった違いを補うことはできない。

同じ報告には、家庭的な小規模生産と、パティスを自動で瓶詰めする工場も併記されている。異なる規模の生産が並ぶなかに、土地をまたいで仕上げる仕組みもあった。地域の味は、その土地の中だけで作られていたとは限らない。

1950年、待ち時間が研究課題になった

仕上げを左右する時間は、生産者にとって費用にも関わる。1950年に米国政府印刷局から刊行された研究には、『Temperature and Salt Purity Effects on the Manufacture of Fish Paste and Sauce』という題名が付いている。魚のペーストと魚醤の製造に、温度と塩の純度がどう影響するかを扱ったものだ。[研究の書誌・内容紹介](https://books.google.com/books/about/Temperature_and_Salt_Purity_Effects_on_t.html?id=GwB0Z3EmI5AC)

内容紹介によれば、Philippine Fishery Programはバゴオンとパティスの熟成を早め、製造費を下げられるかを調べていた。「塩を入れて待つ」と一息で言える工程の中に、比較し、調整しようとした条件がある。とりわけ塩の量だけでなく、純度が題名に掲げられているところに、加工研究の細かな視線が見える。

確認できるのは書誌と内容紹介までなので、有効だった温度や短縮できた日数、技術の普及は分からない。この研究が後の半製品流通を生んだとも言えない。それでも二つの記録を並べると、発酵を待つ時間が、一方では製造費の問題となり、もう一方では送り先の味に応える工程となっていたことが分かる。

小エビの名前からは、硬さまで分からない

魚の加工で見た「液体を分ける」という説明は、小エビにもそのまま通用するだろうか。資料を比べると、ここでも立ち止まることになる。

FAOは小エビの製品について、塩と混ぜ、乾燥させ、搗いて固形に成形する工程を記す。搗くとは、ついて砕くことだ。一方、2015年の文化事典は、魚をエビに置き換えた甕での発酵として説明している。[FAO報告](https://www.fao.org/4/B2877E/B2877E03.htm)、[文化事典](https://philippineculturaleducation.com.ph/bagoong/)

乾燥させて搗き固めるものと、甕に仕込むもの。同じ小エビの調味料でも、記録された工程は異なる。年代も対象も違うため、古い固形製品が新しいペーストへ交代したという歴史にはまとめられない。「アラマン」は原料を知る手がかりになるが、その名前だけで硬さや仕上げ方まで決めることはできない。

バゴオンの選び方と食べ方

市販品を選ぶなら、まず原材料表示で魚かエビかを確かめる。商品名のisdaとalamangも手がかりになる。文化事典は、バラヤンのバゴオンにはdilisという小魚を用いることや、辛味を加えた商業製品があることも挙げている。原料の違いと、後から加える味付けの違いは、別々に確認したい。[CulturEdの地域・商品解説](https://philippineculturaleducation.com.ph/bagoong/)

次に、固形分を含む製品か、分離した液体のパティスかを見る。さらに加熱の要否と開封後の保存方法を、その商品の表示で確かめる。発酵食品という名前だけでは、そのまま食べられるか、常温で保存できるかは判断できない。歴史資料に出てくる甕や日数も、家庭で安全に発酵させるための手順としては使わない。

食べ方の入口には、文化事典が挙げるカレカレや青マンゴーとの組み合わせがある。そのまま食べられる表示の市販品を小皿に取り、一口分に少量を添える。まず塩味を確かめれば、料理全体へ加える前に量を調整できる。

バゴオンとパティスの境目は、少なくともFAOが記録した魚の加工では、発酵後の液体を搾り、濾して取り出す工程にある。そして、その手前の発酵をどこで終えるかにも、土地の好みが関わっていた。瓶の中身を分けるのは取り出し方、地域の味を仕上げるのは届いた先の仕事でもあった。半製品の魚は、味を決める余地を残したまま島を渡っていたのだ。

#東南アジアの食文化#フィリピン#発酵調味料#バゴオン

Sources

参考資料・出典

  1. 国際連合食糧農業機関(FAO), “DEEP SEA FISHING DEVELOPMENT — Chapter 3: Present Structure of Fish Marketing and Distribution” https://www.fao.org/4/B2877E/B2877E03.htm (初稿の確認済み資料を再利用。魚の発酵期間、圧搾・濾過によるパティスの分離と残るバゴオン、1960年代末の半製品流通と到着地での仕上げ、小規模生産と自動瓶詰め工場の併存、小エビ製品の乾燥・搗砕・成形。)
  2. National Commission for Culture and the Arts/CulturEd, “bagoóng — Sagisag Kultura, Vol. 1(2015)” https://philippineculturaleducation.com.ph/bagoong/ (初稿の確認済み資料を再利用。魚と小エビの区分、塩と甕を用いる発酵、製品別の発酵期間、バラヤンの原料dilis、辛味を加えた商品、カレカレと青マンゴーとの食べ合わせ。FAOとの製品形態・説明範囲の比較にも使用。)
  3. U.S. Government Printing Office(Google Books掲載の書誌・内容紹介), “Temperature and Salt Purity Effects on the Manufacture of Fish Paste and Sauce(1950)” https://books.google.com/books/about/Temperature_and_Salt_Purity_Effects_on_t.html?id=GwB0Z3EmI5AC (初稿の確認済み書誌・内容紹介を再利用。1950年の刊行、題名に示された温度と塩の純度、Philippine Fishery Programによる熟成短縮と製造費削減という研究目的。具体的な実験結果、推奨条件、技術の普及には使用しない。)

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