日本· 鹿児島県枕崎市、紀州印南、土佐、大坂、江戸· 東アジアの食文化

江戸の問屋が払ったカビ、鰹節の作り手が育てるカビ

江戸の問屋が鰹節のカビを払い落とす。その繰り返しが、風味を整える工程につながったという。煙で乾かした魚に、さらにカビを育てる理由を、船旅と水分の動きからたどる。

執筆日:文:ttr1563
鰹節の削り節。この記事の画像は権利情報のAPI取得が未完了のため、公開利用前に再確認が必要。
画像:Kezuribushi / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kezuribushi.jpg

江戸の問屋には、届いた鰹節のカビを払い落とす仕事があった。ところが、その手入れを繰り返すうちに、風味がよくなることが認識されたという。にんべんが伝える技術史では、取り除いていたカビが、やがて意図して育てる工程へとつながっていく。[にんべん「カビ付けの変遷」](https://www.ninben.co.jp/about/katsuo/kabitsuke/)

鰹節は、すでに煙と熱で乾かした魚だ。そこへ、なぜさらにカビを付けて乾燥を重ねるのか。手がかりは、産地での作業だけでなく、魚が江戸の台所へ届くまでの時間にもある。

船旅の途中で、保存の仕事が続く

にんべんの説明によれば、土佐や薩摩から大坂へ運ばれる鰹節には、輸送中にカビが生える問題があった。その対策として、望ましいカビをあらかじめ付け、ほかのカビを生えにくくする工夫が現れたとされる。

大坂に着いても、江戸向けの荷には次の船旅が待っていた。天候による待機を含めると、十日から一か月ほどかかることもあったという。一度カビを付けただけでは水分が残り、輸送中や江戸の蔵で再びカビが生える。それを問屋が払い落とす。繰り返すうちに風味の改善が知られ、意図的な反復カビ付けへつながった、というのが同社の説明だ。[にんべんの歴史解説](https://www.ninben.co.jp/about/katsuo/kabitsuke/)

ここで気になるのは、作り方の変化に問屋の仕事が含まれていることだ。産地から出荷したあとも、保存のための手入れは続いていた。そこで起きた香味の変化を、製造工程に取り込んだと読める。ただし、これは製造者がまとめた技術史であり、この説明だけで発明者や成立年まで決めることはできない。

煙を当て、休ませ、表面を削る

現在の工程を見てみよう。カツオを煮て骨を取り、焙乾、つまり煙と熱で乾かしたものが荒節だ。さらに表面を削り、カビ付けと乾燥を重ねると枯節の仲間になる。鰹節すべてが、カビ付けを経るわけではない。

ヤマキの製造解説を読むと、焙乾の間に「あん蒸」という休ませる工程がある。内部の水分を表面側へ移し、乾き方を整えてから、また煙を当てる。外側が乾いたからといって、中心まで同じように乾いているとは限らない。硬い魚を作る工程の中に、水分が移動するのを待つ時間が挟まっている。

もう一つ、工程の切り替わりがよく見えるのが、カビ付け前の表面削りだ。煙で付いたタール分は、そのままではカビの生育を妨げるため取り除く。保存のために煙を当てたあと、今度はカビが育つ表面を用意する。同じ魚でも、次に働いてもらう相手によって下準備が変わる。[ヤマキ「かつお節大百科 製造編」](https://www.yamaki.co.jp/katsuobushi-plus/special/katsuobushidaihyakka/production/)

カビ付けでは、表面のカビが水分を利用し、天日干しを繰り返すことで乾燥がさらに進む。カビは脂肪の分解にも関わり、だしを濁りにくくする。農林水産省の概説と製造者の説明を重ねると、乾燥・保存性と香味の変化を、一続きの工程として捉えられる。船や蔵での手入れが風味の改善につながったという来歴も、こうした働きと合わせると理解しやすい。ただし、今分かっている機能が、そのまま発明当時の目的だったとは限らない。[農林水産省「節類」](https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/fushirui.html)、[にんべん「カビ付けの変遷」](https://www.ninben.co.jp/about/katsuo/kabitsuke/)

工程を支えた、枕崎の水と薪

煙とカビを使う加工を続けるには、技術を担う人と、土地の資源も必要になる。農林水産省の「枕崎鰹節」登録簿には、1707年の地震・津波で被害を受けた紀州印南から、森弥兵衛が薩摩藩に招かれ、枕崎へ製法を伝えたという伝承が記されている。災害後の人の移動が、加工技術の移動として語られているのだ。

同資料が枕崎の生産条件として挙げるのは、カツオに加えて、背後の山々から得られる水と薪である。煮る工程には水が要り、焙乾には燃料が要る。樫やクヌギなどを得やすい土地の条件は、先ほどの製造工程に重ねると意味がはっきりする。魚の港だけを見ていては、鰹節の産地は見渡せない。

登録簿は、1925年に枕崎で漁業と鰹節製造業が分かれ、製造の専門化が進んだことも記す。これはカビ付けの誕生とは別の節目だ。煮る、燻す、休ませる、乾かすという加工を専門に担い、品質を高めていく産地の変化として位置付けられる。[農林水産省「枕崎鰹節」登録簿](https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0168/pdf/0168_register.pdf)

「本枯節」は、何回カビを付けたものか

ここまで工程を追うと、繰り返す回数も知りたくなる。ところが資料を比べると、「本枯節」の説明はそろわない。

農林水産省の「節類」は、二回以上カビ付けしたものを本枯節とする。一方、にんべんは業界で統一した定義がないと明記し、自社では四番カビ以上を本枯節としている。ヤマキは二番カビの段階を枯節とし、さらにカビ付けと天日干しを繰り返したものを本枯節と説明する。[農林水産省](https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/fushirui.html)、[にんべん](https://www.ninben.co.jp/about/katsuo/kabitsuke/)、[ヤマキ](https://www.yamaki.co.jp/katsuobushi-plus/special/katsuobushidaihyakka/production/)

一つの数字にまとめたくなるが、ここは違いを残しておきたい。共通しているのは、焙乾の先でカビ付けと乾燥を重ねること。「本枯節」という名前だけでは、どの作り手でも同じ回数だとは判断できない。回数まで知りたいなら、その商品の説明を確かめる必要がある。

削り節の選び方・使い方:だしで比べる

工程の違いを家で確かめるなら、市販品の商品説明で「荒節」と「枯節・本枯節」を探すところから始められる。製造者は、荒節では燻した香りや魚の風味がはっきりし、カビ付けを重ねるとそれらが和らぐ方向に仕上がると説明している。[ヤマキの製造解説](https://www.yamaki.co.jp/katsuobushi-plus/special/katsuobushidaihyakka/production/)

比較するなら、できるだけ削り方の近い二種類を選ぶ。同じ重量の削り節と同じ水量を使い、抽出時間もそろえてだしを取る。調味前に少量ずつ取り分ければ、醤油や味噌を加える前の香りを比べられる。これは商品の優劣を決める試験ではなく、工程の違いを探すための比較だ。

なお、製造時のカビ付けは、使うカビや温度・湿度を管理する仕事である。保存中に偶然生えたカビを、その工程の続きと考えてはいけない。[ヤマキの工程解説](https://www.yamaki.co.jp/katsuobushi-plus/special/katsuobushidaihyakka/production/)

燻したあとにカビ付けと乾燥を重ねるのは、さらに水分を減らし、脂肪や香味にも変化をもたらすためだ。その工程が生まれた背景として、にんべんの技術史は、長い輸送と保管の間に続いた手入れを伝えている。江戸の問屋が払い落としていたカビと、作り手が管理して育てるカビ。両者をつなぐのは、魚を保存する仕事の中で見いだされた、風味の変化だった。

#東アジアの食文化#鰹節#保存食

Sources

参考資料・出典

  1. 農林水産省, “節類|にっぽん伝統食図鑑” https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/traditional-foods/bunrui/fushirui.html (焙乾とカビ付けによる乾燥・保存性、脂肪分解とだしの濁り、本枯節のカビ付け回数に関する概説。回数は製造者資料との差異を本文に残した。)
  2. 株式会社にんべん, “カビ付けの変遷” https://www.ninben.co.jp/about/katsuo/kabitsuke/ (土佐・薩摩から大坂、江戸への輸送中のカビ問題、問屋での反復除去と香味改善をめぐる歴史説明。水分利用、脂肪分解、香味変化、本枯節の自社基準。歴史説明は同社に帰属させ、成立年や発明者を確定しない。)
  3. 農林水産省, “特定農林水産物等登録簿 第168号「枕崎鰹節」” https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gi_act/register/0168/pdf/0168_register.pdf (1707年の災害後に紀州印南から枕崎へ製法が伝わったという伝承、産地の水と樫・クヌギ等の燃料資源、1925年の漁業と製造業の分離による専門化。)
  4. ヤマキ株式会社, “かつお節大百科 製造編” https://www.yamaki.co.jp/katsuobushi-plus/special/katsuobushidaihyakka/production/ (煮熟・骨抜き・焙乾・あん蒸・表面のタール除去・管理されたカビ付けという工程。荒節と枯節の香味の方向、二番カビと本枯節の説明。実用節の比較方法は工程差を観察する編集上の提案であり、調理・試食の実施記録ではない。)
  5. 画像:Kezuribushi, “Wikimedia Commons” https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kezuribushi.jpg (CC BY-SA 3.0)

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