メキシコ· メソアメリカ、メキシコ· 中南米・カリブの食文化

トルティーヤの柔らかさは、石灰水の中で始まる

硬いトウモロコシを石灰水で煮て一晩休ませると、粒は湿ったマサへ変わる。薄く曲げられるトルティーヤを生む仕組みを、表皮とでんぷん、石臼、栄養、機械化から読み解く。

執筆日:文:ttr1563
紙に包まれた白いトウモロコシのトルティーヤが、何枚も重ねられている。
画像:ProtoplasmaKid / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0) https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tortillas_de_maiz_blanco_(M%C3%A9xico)_02.jpg

トルティーヤの柔らかさは、焼き加減だけでは決まらない。始まりは前夜の鍋にある。

乾いたトウモロコシを水と食用石灰で加熱し、火から下ろして長く休ませる。翌朝、煮汁を捨て、ゆるんだ表皮を洗い落とし、水を含んだ粒を挽く。そうしてできる湿った生地がマサだ。硬い粒は、この遠回りを経て、薄く延ばして折り曲げられる一枚になる。

この処理をニシュタマリゼーションという。石灰水は粒の何を変え、なぜ「包める生地」を作れるのだろう。

粒を煮崩さず、外側からほどく

国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)は、乾燥粒を水酸化カルシウムを含むアルカリ性の水で煮て浸し、すすいで表皮を除いた後、マサへ挽く工程を示している。熱とアルカリによって表皮は外れやすくなり、でんぷんの一部は糊化する。糊化とは、でんぷんが水と熱を受けて膨らみ、まとまりやすくなる変化だ。

ただし、粒を完全な粥にしてはいけない。FAOが紹介するメキシコ農村部の例では、トウモロコシを約1%の石灰水と合わせ、約80度で20〜45分加熱してから一晩置く。古く乾いた粒なら石灰や加熱時間を増やし、新しい粒なら減らすという。

CIMMYTが説明する粒の変化と、FAOが記録した作業を重ねると、この工程の勘所が見えてくる。必要なのは、単に柔らかくすることではない。外皮をほどき、粒の内部へ水を通しながら、挽ける形を残すことだ。時計だけでなく、粒の状態を読む加工なのである。

メタテは「粉を作る石」ではない

洗ったニシュタマルを繰り返し挽く道具がメタテだ。乾いた粒を粉々に砕くためだけの石臼ではない。水を含んだ粒を押しつぶし、粗い粒の集まりを連続した生地へ近づけていく。

ここが、薄い円盤につながる重要な継ぎ目だ。石灰水で表皮を外しやすくし、熱と水を内部へ届けても、粒のままではトルティーヤにならない。湿式で挽く仕事を経て、手で薄く整えられるマサになる。その円盤を焼くのが、平たい加熱板のコマルだった。

先スペイン期のメソアメリカでは、このマサからタマルや薄いトラシュカリが作られていた。材料、メタテ、手成形、コマルは、別々の小道具ではなく、一続きの製造技術だった。

栄養の変化には、収支がある

石灰処理ではカルシウムが粒へ取り込まれ、ビタミンB3であるナイアシンは体が利用しやすい形になる。フィチン酸の一部が減り、難消化性でんぷんが増える変化も報告されている。トウモロコシを食事の中心に置く地域では、調理性と栄養の変化が同じ鍋で起きている。

しかし、資料を読み合わせると「栄養が増える工程」とだけ呼ぶのは不正確だと分かる。表皮を除けば水溶性食物繊維は減る。FAOは、乾物の一部が煮汁や洗浄水へ失われ、石灰が多い条件ではトリプトファンなども損失しうると記している。得る成分と失う成分があり、その収支は加熱、浸漬、洗浄の加減でも変わる。

カビ毒についても限定が必要だ。CIMMYTはフモニシンやアフラトキシンの量を大きく減らしうると説明するが、汚染粒を安全な食品へ戻す保証ではない。健全に乾燥・保管された穀粒を使うことが前提になる。

「パン」という記録の向こう側

16世紀に沿岸部へ来たスペイン人は、タマルやトラシュカリを日々の栄養を担う穀物食として「パン」と記した。メキシコ国立自治大学のNoticonquistaによれば、現地の使節は食物に加え、トウモロコシを挽いて遠征隊へ新しい食事を作る女性たちも提供したという。

この記録で引っかかるのは、主食の供給が穀粒を渡すだけでは成立しなかった点だ。煮る、洗う、挽く、薄く整える、焼く。完成までの労働と道具が必要だった。のちにトラシュカリへスペイン語の「トルティーヤ」という名が定着しても、既存の加工体系までスペインから持ち込まれたわけではない。現地の精巧な穀物加工が、スペイン語の分類へ収められたのである。

「ニシュタマル」は、ナワトル語で灰を指す「nextli」と、トウモロコシの生地を指す「tamalli」に由来すると説明される。現在は石灰が代表的だが、その名には灰を使ったアルカリ処理の記憶が残る。化学用語のような長い名称をたどると、炉端にあった材料へ行き着く。

機械が引き受けた一連の仕事

FAOによれば、1908年に設計された回転式製造機は、マサを金属ドラムへ通して円形に切り、連続した加熱板へ送る仕組みへ発展した。第二次世界大戦後のメキシコでは機械化が重要になり、ニシュタマルを挽いたマサを乾燥、粉砕、ふるい分けした即席粉も生産された。

機械化されたのは、円い形だけではない。UNAMの資料に見える手挽きとコマルの仕事をFAOの記録と重ねると、煮る、挽く、成形する、焼くという連続した労働が、段階ごとに機械へ移ったことが分かる。湿って保存や輸送が難しいマサは、水で戻せる粉にも組み替えられた。

そのため現在のトルティーヤには、全粒を店で処理したものや、工業的な乾燥マサ粉を戻したものなど、異なる製造経路が重なっている。

トルティーヤの選び方と食べ方

家庭でトルティーヤを使うなら、原材料表示で「ニシュタマル化トウモロコシ粉」や「masa harina」などの表記を探したい。一般的なコーンミールや、南米のアレパに使う加熱済みトウモロコシ粉は、黄色や白という見た目が似ていても加工法が異なる。水を加えたときのまとまり方も同じではない。

出来上がったトルティーヤは、具を載せる前に乾いたフライパンで両面を短く温め、清潔な布か蓋付き容器の中で重ねて保温すると扱いやすい。温めてもしなやかさが戻らず、折るとすぐ裂けるなら、古さや乾燥だけでなく、使われた粉の加工法も確認材料になる。

石灰水が作るのは、柔らかな粒そのものではない。表皮をほどき、粒へ水を通し、でんぷんの一部をまとまりやすくして、湿式で挽ける状態を整える。メタテで連続したマサになって初めて、硬い穀粒は薄く延ばし、焼き、食べ物を包める一枚へ変わる。トルティーヤの曲げやすさは、コマルに載る前夜から準備されている。

#中南米・カリブの食文化#メキシコ料理#トウモロコシ#発酵・加工技術

Sources

参考資料・出典

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